2006/5/16

 

夢の地 4

 

 

 塩味のスープは非常に美味だった。思い返せば、夏野は今日の朝から半日近く食事をしていなかったのだ。人間お腹がすいているとなんでも食べれるものね。フランスパン並みに固いパンをかみ締めながら夏野は思った。普段ならあまりの硬さに顔をしかめたであろうそのパンも、噛めば噛むほど味が染み出してくるようで癖になる。まあ、単純にこのパンが美味しいだけかもしれないのだが。
「先ほどの話の続きですが」
 ユーザの言葉に夏野はパンをちぎる手を止めて顔をあげた。彼は夏野と同様に口にパンを運びながら、しかし別段硬くないかのように食している。もしかしたら、これくらいの硬さは普通なのかもしれない。
「あなたの名前…ナツノという響きから考えると、あなたはヒーズ・ハンデルの東部か、ハンデル大陸南部のスジャナ・ハンデルの出身かもしれません」
「そこは遠いの?」
 当然のことだが夏野にはこの地がどのようなつくりになっているのかさっぱりわからない。それはユーザもわかっていたのだろう。「とても。ここはヒーズ・ハンデルの西部です。東部とは反対側に位置します。スジャナ・ハンデルへは繋がっていますがあちらのことはよくわかりません。スジャナ・ハンデルとの交易はあまり発達していないので人の行き来は少ない。その点ヒーズ・ハンデル東部とこの西部は公益路も整備されています。スジャナ・ハンデルよりも東部から来たと考えるほうが可能性は高いでしょう。ただ」
「ただ?」
「東部とここ西部との間にはイザ砂漠という広大な砂漠があります。そこを女性が一人で越えてきたと考えることは難しい」
 それはイコール自分がこの場所にいることは不自然だということなのだろうか。と、夏野は思った。疑われているの?薄い黄色い瞳は夏野をじっと見つめている。
(それはまあ、疑われるわね)
 自分がこの状況に立っていたとしても必ず疑っただろうから。はぁ、と小さくついたため息がユーザに聞こえたかどうか。
「ここから一番近いのはデシャテという街です。私は明日そこへ戻る予定だったので一緒に行きましょう。街まで行けば地図もあるし、あなたのことも…何かわかるかもしれませんから」
「…えっ、でも」
「こんな人気のないところにあなた一人を置いておくわけには行かないでしょう。偶然であったのも何かの縁ですから」
 疑われていないのだろうか。思いもよらぬユーザの言葉に夏野は心の中で首をひねった。目の前の、この青年を信用していいものだろうか。
(でも、確かにここに一人でいるわけにはいかないし…それに)
 夏野はチラっとユーザを盗み見た。彼はゆっくりとスープを口に運んでいる。彼の目が見えないということは夏野にとっては好都合だ。危なくなれば逃げればいい。夏野はそう結論づけた。
「じゃあ、…よろしくお願いします」
 なんとなく頭を下げた夏野にユーザは笑顔で頷いた。
「こちらこそ。そうだ、あなたの事はナツノと呼ばせていただいていいですか?私のこともユーザと呼んでください」
「…うん。えっと、ユーザさん?」
「呼び捨てでいいです。あなたと私は同い年ですから」
「はっ?」
 夏野は思わず身を乗り出した。どう見てもユーザは自分より三歳は年上に見える。
「同い年ですよ。神聖暦五五一年生まれですから」
 ユーザは苦笑して言ったが、夏野にはそれがいつなのかがわからない。
「すいません。あなたには今がいつかもわからないんですよね。神聖暦はヒーズ・ハンデルで使われている統一暦です。今は神聖暦五六八年です」
「じゃあ、確かに十七歳ね…でも、見えない…」
「みんなにそういわれますよ」
 本当に言われなれているのか、ユーザはこの状況を楽しんでいるかのように笑っている。しかし夏野は判然とせずまじまじとユーザの顔を凝視した。落ち着いた雰囲気をかもし出す彼。なんと言われても同い年とは思えない。
「ほんとに十七歳なんですけどね」
 面白そうに笑うユーザ。人は見かけによらないと、夏野は心の底から思った。

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