2006/9/9

 

夢の地 7

 

 

 赤い日が沈みかける街の繁華街に二人の姿はあった。夏野の気分転換にとユーザが外へ連れ出したのだ。夕食時には少しはやいが、路地は人でごった返していた。そんな中を人にぶつかることもなく、躊躇せず進むユーザを感心のまなざしで見つめながら、夏野は彼の後に従っていた。
 夏野が初めて見る街は、まるで小説の世界のようだった。家の材料はレンガや石、漆喰と様々であるものの形は全て四角。似たような家の前にはこれまた同じような角度で張り出した木製の屋根が作られ、その下には台に乗った様々な売り物が並べられている。どの家も一階が店舗、二階が個人の住宅になっているようだ。目に入ってくるものに驚きながら、夏野はなるだけ目立たないように周囲を見回していた。あまり不審な行動をしていると誰かに怪しまれるかもしれないと思ったからだ。
「なにか、面白いものでもありましたか?」
 先を歩いていたユーザが、歩調をゆるめて夏野の隣に並んだ。隣に立つと夏野より頭一つ分背が高い。
「とくには…。人が多いね」
「夕暮れ時ですからね。昼間は暑いので、なかなか人が外に出たがらないんです」
 ふーんと、うなずきながら、夏野は初めて行きかう人の服装に注目した。いまは、ユーザのマントに隠れてまったく見えていないが、彼らの格好は明らかに夏野の制服とは異なるのだ。留め具は使われているようだが、基本的に女性の服装はゆったりとしたものが多い。スカートはくるぶしまである長いもので、裾からわずかに見えている靴は丸くてヒールがなかった。大部分は上着とスカートが分かれているが、ワンピースのような形状のものもあった。しげしげと、観察していた夏野は、行きかう女性の視線が自分に注がれているのに気がついた。マントから制服が見えているのだろうかと慌てて見回したが、おかしなところはどこにもない。少し考えてから、夏野は女性たちが自分ではなく、自分の隣を行くユーザを見ていることに気がついた。
(たしかにキレイな顔立ちしてるし)
 夏野はちらりとユーザを盗み見た。行きかう女性からの熱い視線にも気づかず前に進むユーザは確かに文句なしに美形だ。切れ長の薄黄色の瞳は知的な印象をかもし出していたし、銀に近い金色の髪は、ひどく神秘的だった。周りの人間を見ると、髪の色や肌の色は様々で、別にユーザの容姿だけが特別というわけではないようだった。
「今度はなんですか?」
「えっ…」
 まさか、自分の視線に気がつかれるとは思っていなかったので、夏野は慌てた。ユーザはくすくすと笑っている。このぶんでは、案外女性たちの熱い視線にも気がついているのかもしれない。いや、絶対に気がついている。そう確信しながら、夏野はユーザから目をそらした。
「べつに、どこに行くのかと思って」
 見ていたことに気づかれた気恥ずかしさもあって、夏野の言葉はすこしぶっきらぼうだ。「少しはやいですけど、夕食にしようかと思って。それから、あなたの着替えも買いに行かなければなりませんしね」
 そんな夏野の態度さえお見通しなのか、ユーザは微笑んだままそう言った。

 ヒーズ・ハンデルの北東部にエディタと呼ばれる王国がある。ヒーズ・ハンデル最古の王国ダルティーニの東に位置し、東部を海に面した国だ。
 現国王、虚王は三代目。ダルティーニなどから見たらまだまだ新興国ではあるが、その発展振りには目を見張るものがあった。
 エディタの首都ラザは、東を海に面している。北と南は高い山、西は城壁を延ばして防御を固めた半自然的な要塞で、強固な守りを誇っていた。ラザの中心には王城が水路と城壁に囲まれた形で存在し、その内側では数多いる王族が館を得て生活している。王族や、それに仕える大勢の人々で、王城の中はひとつの街のようだった。それを内包するラザはエディタでも一番大きな街なのである。
 その王城の一画、あまり大きくもない、こじんまりとした屋敷に馬車が着いたのは、日も傾きかけた夕暮れ時であった。
 馬車から現れたのは、長身の青年だった。漆黒の髪と同系色の瞳、美形というよりは、精悍といった感じの、それでも人の目を引くには十分に整った顔をしている。
 彼の前には別の青年が一人、頭をたれて跪いていた。
「ご無事のご帰還、お喜び申し上げます。對様」
 目の前の青年の言葉に、對と呼ばれた青年が顔をしかめる。
「大仰な物言いはするな。楽」
「相変わらずですね。明日からこんな言葉はいやというほど聞くというのに」
 青年―楽は、呆れたような吐息とともに顔をあげた。その瞳は濃い青。髪は對と同様濃い黒である。言葉とは裏腹に、楽の顔には笑みが浮かんでいる。
「だからこそ、お前までに言われたくないんだろう。どうだ、留守中変わったことはなかったか?」
「小さなことなら多少は。しかし、今から起こることに比べたら些少なことですがね」
 楽の言葉に、對も笑った。楽の言うことはもっともだ。一番の珍事といえば、こうして自分が帰ってきたことだろうから。

 

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